被災地に救援物資を運んで
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今日で県議選が終わって1ヶ月が過ぎました。非常に多くの支援者にご迷惑をおかけしてしまったことに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。ただ、過去をくよくよせず、次の目標を作って頑張ろう!と思っております。
さて、私はこの1ヶ月の間に二回、東北の被災地に救援物資を持って行きました。これまで阪神大震災や中越地震などの被災地に駆け付けましたが、さすがに今回だけは「悲惨」だけでは言葉が足りず、特に被災者との直接対話での津波の生死のやりとりに、ただただ返す言葉を失い、また避難所での皆さんの会話が明るいことのギャップに自分の心の整理がつかず戸惑ったものです。明日来てもおかしくない東海地震の備えをしっかり取り組んでいかなければなりません。次回は東日本大震災の被災地の現状と我が街の津波と液状化の問題を考えて見たいと思います。
この度の地震災害の義援金のお願いや街頭募金をいち早く行いましたが、数百軒配布しただけで 17人が振り込みに協力していただき、振り込みされた義援金は135120円となりました。街頭募金では乙川駅頭で7342円、名鉄半田駅頭で15983円となり、3月18日現在の総合計は158445円となりました。多方面で募金や援助物資が集められるようになり、その大きさに驚いていますが、本当の厳しさはこれからだと思います。加藤精重後援会も演説会等でも声掛けしてまいります。今回の災害で避難所生活でのモラルは略奪もなく素晴らしく 日本人として誇らしく、外国からの称賛も多数あったようです。一方災害に対する考えの甘さが原子力発電所事故でも露呈し、今回の災害を教訓に日本人のあるべき姿を次代に示す使命を感じさせられました。

東北地方太平洋沖地震
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- 2011年3月16日
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- 半田の地震
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この地震で半田もかなり揺れ、来るべき東海地震か、と思ったら、東北で はものすごく大変な事態となった。
阪神淡路大震災の際には、我が家のトラックに多くの支援者から募った物資を積み込み、また支援者の方から連絡が取れな い親族への手紙なども預かり、神戸へ走った。が、今回はこの未曽有の事態にどうしていいか全くわからない。それでも何か出来ることをしたいと考 え、13日に募金活動を始めさせていただいた。東海地震や東南海地震を予測されているこの地区にとって明日は我が身。その思いは私も同じだが、若い人が一万円も募金してくれたりなど、人の思いを本当に深く感じている。一人でも多くの方が無事で、また避難されている方々が一刻も早く安心できる環境に 身を置いていただけるように、私も出来るだけのことをしたいと願うばかりである。
知事選挙で知った大村氏の人柄
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- 2011年2月16日
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- 後援会
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知事選挙が終わってもう1週間。お礼参りなどで慌ただしく過ぎてしまったが、多くのことを学んだ。
今から数カ月前のこと、大村さんから長良川河口ぜきの視察に一緒に行こうと声をかけられた。てっきり多くの県議候補予定者も参加すると思って参加したところ、大村さん河村さんとわたくしの三人だけ。河村さんから『加藤さんが参加してくれるとは心強い』と言われた言葉は印象的だった。確かに私の県議時代のライフワークは知多半島の飲み水を元の木曽川に戻すことだったが、それにしても両人とも私のライフワークをよく知っていてくれた。
選挙戦も始まり、知多半島の遊説の前日、日間賀島の浦島館に大村さん河村さんとわたくしの三人で泊まった。三人でともに風呂に入っていたところ、追っかけのテレビカメラマンが浴槽まで撮影に来たのには驚いた。まさにこれが透明度百パーセントと痛感した。その晩の2人の会話のやりとりに政治が変わる予感を感じさせた。翌朝の朝食では、食膳のないお腹を空かせているテレビカメラマンに手付かずの自分のおかずを分けて食べてもらっていた様子をみて、頭が下がり[馬には乗ってみよ、人には接してみよ]とはこの事だなと感じた。その夜はみんなで大阪の橋下知事に会った。懇談会の席では、地方から日本の政治がかわるんだと、予感を感じた。選挙の最終日の夜8時に街頭演説を終え、てっきり事務所に帰ると思いきや、それからまた大村さんは声掛けなしで約1時間握手して歩いた。善戦がわかっていてもこの努力!一朝一夕で大差がついた結果ではないと改めて尊敬をした。
選挙結果が出て万歳のとき、私も壇上に上がらせていただくことになった。『加藤さんそこではいかん 僕と女房の間に入りなさい』とみんなの前で大村さんに言われたとき、どんな時でも人に対する配慮を忘れない人だ! とことん大村知事を俺は支えるぞ!と腹に決めた。最後に大村の息子さんらしき青年に会い、息子さんか?と確認の後に私は半田の加藤ですと名乗ったら『あなたは自分の名刺にお父さんの名刺と一緒にホッチキスで留めて配布して下さった方ですか?』と尋ねられ、どうして知ってると聞いたところ『お父さんから聞いた』と。 本当に良好な親子関係なんだとびっくりしたが、いずれにしても多くのことを学びまた人生の指針を得た知事選挙であった。さあ 俺の県議選挙もがんばるぞ。
ブログの更新がしばらくされず、御無礼いたしました。皆様にまずご報告かつお願いをと今日のブログを加筆する次第です。
私は、来年4月の愛知県議選に出馬する決意をいたしました。一度は政治の世界から身を引こうと考えましたが、多くの支援者の皆様から、「政治や経済の混沌とした今の半田には、新人に任せる時間的余裕はない。身を引く方が無責任だ」とのお叱りをいただきました。考えに考えぬいた末、再度、半田のため、そして愛知県の発展のために頑張ろうという思いに至りました。非常に厳しい選挙になると予想されますが、すべては故郷のため、不退転の決意であります。「これまでの経験を活かした即戦力」をスローガンに、初心に帰り、ただひたすらに頭を低く低く、一軒一軒、足を運ぶ所存であります。皆様、今後とも、絶大なるご支援・ご協力をどうぞよろしくお願い申し上げます。
半田市 減税延長せず
- 投稿日
- 2010年8月21日
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前回のブログで「半田市は交付団体に転落」と書いたが、昨日の一面の新聞報道やテレビのニュースで大きく報道されたのは「半田市 減税延長せず」。このように直接個人に関わる問題だと、さすがに市民の反応は早く、10%減税はたった一年で中止にするとは市長は詐欺だとか、市民を馬鹿にしている、はたまた減税政策は市長になるための撒き餌だった、など怒り心頭な多くの市民からの意見を聞き、苦情相手をなだめるために私は相当苦労したが、確かに半田市は誠におかしな政策を実施したものだ。市民の多くは自分の減税による損得の感情だが、本当の隠れた不利益は前回にも述べた 国・県の補助金カットや新規事業の不採択という一見目につかない不利益だ。少しずつ半田市の経済人からも聞くようになったが、実際、半田はボディーブローのように大きなパンチを受けダメージを受けている・・・将来、「失われた○○年」とならなければよいが。
それにしても、今回のマスコミ報道の取り上げ方の大きさに、私も驚いている一人だが、考えてみれば名古屋市長の議会リコール問題が連日報道されている今、半田の「減税延長せず」とのニュースは、マスコミにとっては「市民税減税は間違いだった」との具体的事例として取り上げる絶好のニュースとなることは容易に想像がつく。市民減税中止の公表のタイミングを見なければ・・・。案の定、河村市長には「半田とは思想が違う」と吐き捨てられていたのをニュースで見た。結果的に名古屋市長の足を引っ張ることになった半田市は四方八方敵だらけ。周辺市町の職員は、半田市は何をやっているんだ、と笑われているのでは・・・。こんなつまらないことは最後にして今後の市政に期待したい。 今すべきことは、経済対策と老後の安心だ。
半田市は交付団体へ転落
- 投稿日
- 2010年7月28日
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過日の新聞報道で「半田市は交付団体へと転落」とあった。
詳しく説明すると半田市はこれまで国からの地方交付税に頼らずに自主財源だけで財政の維持が出来ていたのだが、市の税収不足のために、国からの援助を受けることになった。リーマンショック以後全国的にこのような傾向にある中、この不況下で税収不足に陥ることがわかりきっているのに半田市では「市民税の10%減税」の実施。全くバカなことをしたものだ。一般市民では半田市に悪影響が現れているのはあまり市民の目にはとまらないようであるが、確実に現れているのである。具体的には 県からの新規事業の不採択や公共工事の削減である。言い替えると国・県からの補助金をあてにできず、半田市にとっては大きな損失である。河村たかし名古屋市長のように信念と理念をもった市民意識の改革を促す強い志があるのなら立派なものだが、半田市の実施した日本初の市民税減税は一体なんなんだと、また保育料の二人目からの無料化の矛盾の新聞報道… 思いつきの政策で周辺市町の役人からどのように見られているのだろう。市民受けだけを考えたマニフェストの実施は問題の根が深い。しかも、市議会でも一部の市議しか危機意識を持っておらず、スムーズに減税条例が可決されている。半田市民がどう思っているのか不思議である。
国政も同様に、子供手当てや高速道路の無料化などの国民受けのマニフェストで政権を取ったが、まずは「経済の建て直し」が一番ではないか!リーマンショックの後遺症が残っているのは、世界で日本だけと言われている。近い将来日本は中国に吸収されてしまうとの冗談を聞くが、今の政治や国民性を考えたとき、冗談とは言えなくなるかもしれない。目覚めよ、日本国民!








